リーマンショックとは?
2008年9月15日、アメリカの投資銀行で当時4番目の大きさを誇ったリーマン・ブラザーズが破綻し、世界に大きな衝撃を与えました。「リーマンショック」の発生です。そして、この日を大きなきっかけにして、世界各国の経済は混乱、低迷し、世界の金融秩序もまた大きく変わって行ったのです・・・。
ただ、リーマン・ブラザーズの破綻は、一連の金融危機の中での一つの象徴的な出来事にすぎません。「リーマンショック」が顕在化するかなり前に、実は本当の危機は既に始まっていたのです。ここでは、その危機の実態に迫ってみたいと思います。
サブプライム・ローンとその拡大
ことの発端はサブプライム・ローンとその拡大にあることは、良く耳にされていることかと思います。ただ、サブプライム・ローンそのものは特に珍しいものではなく、2000年以前からアメリカに存在していました。
そもそもサブプライムとは、「サブ」=「下、次」、「プライム」=「優良の」の合成で、サブプライム・ローンとは、優良貸付先向けの「プライム・ローン」よりも、信用力が劣る貸付先へのローンのことを指しています。信用力が弱い人へのローンですから、融資条件が緩い分、当然ローン金利は高くなります。
このサブプライム・ローンが、2000年代に入ってアメリカで大きく広がって行きました。左のグラフ1枚目は、まだ急拡大のスタート部分のみになりますが、2000年以降に一気に広がった様子が見て取れます。そして2枚目のグラフ(グラフ右下の「2」のボタンをクリック!)の通り、2005年から2006年にかけて、モーゲージ市場全体の13〜14%を占めるに至りました。金額にして、最大で1,000億ドル規模であったとも言われています。
サブプライム・ローン拡大の背景
借入金額25万ドル(約2,500万円)、年限30年で、当初は月625ドル(約62,000円)ほどの返済・・・、そんな右のグラフのような住宅ローンがあったとしたら、あなたは利用するでしょうか?このグラフはサブプライム・ローンの返済スケジュールの一例に過ぎませんが、その拡大の背景を理解するために、敢えて簡素化して示しています。実際に、こういった階段式に返済額を設定したローンが、かなり見られたようです。
さて、グラフからも明らかな通り、最初の3年間は日本でも大学生の家賃のような金額ですが、その後は毎月の返済額が3倍にも膨れ上がっています。しかも高金利で、最初の3年間は利払いのみになっていましたので、元本部分の支払いはここからになります。「階段式」の返済スケジュールと言っても、かなり高い階段ということになっていたのです。
このように、全体像をグラフで見ると、実に末恐ろしいローンですが、これがアメリカ中に広がって行ったのには訳があります。その1つは、この全体像を見せずに、当初の安い返済金額ばかりを取り上げて営業していた、住宅ローン営業マンの存在。そしてもっともっと大きな一番の理由は、アメリカの住宅価格そのものの上昇です。
住宅価格の上昇とその終焉
アメリカの住宅価格は、左のグラフの通り、2006年までは右肩上がりに上昇を続けました。そのため、先ほどのようなサブプライム・ローンを利用して住宅を購入していた人々も、住宅価格の値上がり分を担保に新たな追加借入を受けて(ホームエクイティローン)、それを返済や消費に回したり、もしくは返済金額の増額直前(先ほどの例の場合は、3年が経過する直前)に、その住宅を売却してローンを返済し、また当初3年低金利のローンで住宅を購入したりすることも可能でした。
一方の貸す方の側も、いざとなったら住宅を差し押さえれば元が取れると考えていましたので、いわば貸出競争のような様相すら呈していたようです。その競争が、元々返済面での信用力の劣るサブプライム・ローンの分野でも起こっていたのですから、その頃の異常さは、今から振り返ると極端にも思えます。
さて、そのような環境の中で、サブプライム・ローンが広がった背景には、貸し手にとっても、借り手にとっても、大きな前提が一つありました。住宅価格の継続的(永続的?)な上昇です。そして、その前提が2006年を境に崩れ始めたのは、グラフを見ても明らかな通りです・・・。
サブプライム・ローン拡大と世界の金融機関
アメリカでの住宅ローンの仕組みは、日本のそれと異なります。アメリカでは、銀行など大手の金融機関が自己の資金で住宅ローンの融資を行うことは少なく、代わりに、多数のローンを束ね、それを担保にした証券(モーゲージ証券)を購入することで、住宅ローン市場への資金供給が行われていました。そして、大手の金融機関ばかりでなく、機関投資家やヘッジファンドなども、その高い利回りを求めて、そのモーゲージ証券市場に参加していました。
2000年代に急拡大したサブプライム・ローンも、他のより優良なプライム・ローンとも一緒に束ねられて、大手金融機関や機関投資家、ヘッジファンドに販売されていました。束ねられるローンの中身はどんどん細分化、複雑化して行きましたが、格付機関から与えられた高い格付が、その購入を後押ししていたのです。
ただ、もし仮に詳しい中身がよく分からなかったとしても、2006年頃までは、アメリカの住宅価格上昇の中で、きっちりとサブプライム・ローンも返済されてきましたので、その限りにおいては、サブプライム・ローンが入った金融商品も、金融機関や投資家にとって高利回りの非常に魅力的な投資対象でした。そうして、住宅市場に、ますます資金が流れ、バブルとも言える住宅価格の高騰を招いて行ったのです。
この流れが、2006年頃を境に逆に流れ始めたのは、言うまでもありません。
住宅バブルの終焉とリーマンショックの発生
一度狂い始めた歯車は、瞬く間に逆回転の速度を速めて行きました。
住宅価格の頭打ちと下落と時を一にして、住宅価格の上昇を前提に行われていた、サブプライム・ローンの仕組みは大きく崩れ、利払い不能(デフォルト)状態に陥る借り手が急増します。実際、住宅ローン全体の約13%を占めるサブプライム・ローンにおいて、利払いが3ヶ月以上滞る延滞率が、2006年末には13%を超えました。
そうなると、まず最初に影響を受けるのが、ローンの貸し手で、2007年4月に大手のニュー・センチュリー・ファイナンシャルが経営破綻するなど、住宅ローン専門会社が総崩れとなりました。そして、こうしたサブプライム・ローンの信用リスクの顕在化は、それを束ねた金融商品の信用リスクそのものに飛び火したのです。まずはサブプライム・ローンを明らかに含んだ金融商品の価格から下落を始め、その流れは瞬く間に住宅ローン関連の金融商品全体に、半ばパニック的に広がりました。
こうして、2007年6月に、ベアスターンズ傘下のヘッジファンドが、サブプライム関連で大きな損失を出したのをきっかけに、大手の金融機関でもその影響が顕在化して行ったのです。グラフの通り、世界中の大手金融機関が、多かれ少なかれ、その影響を直接、間接的に受けましたが、その象徴的とも言える出来事が、2008年9月15日の、リーマン・ブラザーズ破綻でした。これを機に、政府の後押しも期待できないと考えた市場は、更なる混乱へと突入して行ったのです。
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